想い
昨日の休日は公言どおり、くっつきそうな上のまぶたと下のまぶたを無理やりこじ開けサイト更新作業にいそしんでいた訳でありますが・・・
三時間かかって書き上げたのが未完のままの10行足らず(笑)
まぁいつも申しておりますが想いを文章にするというのは非常に難しい作業。
私にもう少しボキャブラリーと文章力があれば・・・
しかしながら産みの苦しみと申しましょうか、そんなたいそうなものでもないんですが未熟ながらも文章を書くという作業はやはり楽しいです。
ということで更新は少し先になりそうです。
今日は久々に音楽ネタでいきます。
ここのところはなりを潜めておりますがちょいと前まで氾濫していたJ-POPによくみられた
カバー&トリビュート作品ラッシュ。
次世代に継ぐという意味では確かに必要な工程なんでしょうね。
私も何作品かはカバーでオリジナルを知りオリジナルも含めその作品の素晴らしさを教えていただいたものです。
しかしまぁ昨今のカバー作品はどうなんですかねぇ?
他人のふんどしで相撲よろしく商業主義丸出しのカラオケ。
それでけならまだしも下手すりゃオリジナルの存在をぶち壊してしまうような劣悪なものまで存在。(RSP!!)
トリビュートにいたってはカラオケ、原曲ぶち壊しが定番。
一体どのあたりに賞賛や尊敬の念が含まれているのかと・・・
全ての作品がそうとはいいませんがね。
数ヶ月前私の好きだった野孤禅というグループが解散していたことを知りました。
解散後、ボーカルの竹原ピストル氏はソロで活動しているようで、その活動内容がYOUTUBEにて拝見できました。
まずは下の動画を拝見していただきたい
竹原ピストル ファイト
言わずもがな、中島みゆきの超有名曲のカバーです。
ご覧になられた方いかがでしたでしょうか?
少なからず私にはこういうものこそが本当のカバーでありトリビュートだと心底痛感いたしました。
それは私が彼の一ファンだということを差っぴいても。
なにも手を加えていないオーソドックスなカバー作品ではありますが、そこには絶対的な”想い”が存在していると思います。
その証にこうして現に私が魅了されていますし、何よりも彼自身が人に聴かせるよりも自分が歌いたいから歌っているという姿が感じられませんか?
まぁここまでくると私の妄想の範疇になってしまいますがね(笑)
今回はカバーやトリビュートを引き合いに出しましたが、なにもそれに限ったことじゃないんです。
歌が下手だろうが演奏が下手だろうがそんなことはどうでもいいんです。
そこに想いが存在するかどうか!
これじゃないでしょうかね?
出来上がった極上の素材をただなぞるだけじゃ何の意味もない。
ましてや想いのこもってない歌なんて歌ではありませんよね。
当然音楽業界も遊びじゃないから利益は得なければいけないわけですが、築き上げてきたものを曲がった解釈で継いだり、ぶち壊す真似は極力避けていただきたいものであります。
そしてこれからもカバーやトリビュートに限らず”想い”のこもった作品にたくさん出会えるようアンテナを伸ばし続けます!
MUSIC 野孤禅 野孤禅 トレインとレイン
三時間かかって書き上げたのが未完のままの10行足らず(笑)
まぁいつも申しておりますが想いを文章にするというのは非常に難しい作業。
私にもう少しボキャブラリーと文章力があれば・・・
しかしながら産みの苦しみと申しましょうか、そんなたいそうなものでもないんですが未熟ながらも文章を書くという作業はやはり楽しいです。
ということで更新は少し先になりそうです。
今日は久々に音楽ネタでいきます。
ここのところはなりを潜めておりますがちょいと前まで氾濫していたJ-POPによくみられた
カバー&トリビュート作品ラッシュ。
次世代に継ぐという意味では確かに必要な工程なんでしょうね。
私も何作品かはカバーでオリジナルを知りオリジナルも含めその作品の素晴らしさを教えていただいたものです。
しかしまぁ昨今のカバー作品はどうなんですかねぇ?
他人のふんどしで相撲よろしく商業主義丸出しのカラオケ。
それでけならまだしも下手すりゃオリジナルの存在をぶち壊してしまうような劣悪なものまで存在。(RSP!!)
トリビュートにいたってはカラオケ、原曲ぶち壊しが定番。
一体どのあたりに賞賛や尊敬の念が含まれているのかと・・・
全ての作品がそうとはいいませんがね。
数ヶ月前私の好きだった野孤禅というグループが解散していたことを知りました。
解散後、ボーカルの竹原ピストル氏はソロで活動しているようで、その活動内容がYOUTUBEにて拝見できました。
まずは下の動画を拝見していただきたい
竹原ピストル ファイト
言わずもがな、中島みゆきの超有名曲のカバーです。
ご覧になられた方いかがでしたでしょうか?
少なからず私にはこういうものこそが本当のカバーでありトリビュートだと心底痛感いたしました。
それは私が彼の一ファンだということを差っぴいても。
なにも手を加えていないオーソドックスなカバー作品ではありますが、そこには絶対的な”想い”が存在していると思います。
その証にこうして現に私が魅了されていますし、何よりも彼自身が人に聴かせるよりも自分が歌いたいから歌っているという姿が感じられませんか?
まぁここまでくると私の妄想の範疇になってしまいますがね(笑)
今回はカバーやトリビュートを引き合いに出しましたが、なにもそれに限ったことじゃないんです。
歌が下手だろうが演奏が下手だろうがそんなことはどうでもいいんです。
そこに想いが存在するかどうか!
これじゃないでしょうかね?
出来上がった極上の素材をただなぞるだけじゃ何の意味もない。
ましてや想いのこもってない歌なんて歌ではありませんよね。
当然音楽業界も遊びじゃないから利益は得なければいけないわけですが、築き上げてきたものを曲がった解釈で継いだり、ぶち壊す真似は極力避けていただきたいものであります。
そしてこれからもカバーやトリビュートに限らず”想い”のこもった作品にたくさん出会えるようアンテナを伸ばし続けます!
MUSIC 野孤禅 野孤禅 トレインとレイン
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想いのない歌などカシオペアと同じだぜw